イカロスメール

  

堤防と輪中・高床式と浮き稲


メールイカロス No.486
発行:(株)マイチケット 2011年11月6日 トラベルメールマガジン

 堤防と輪中・高床式と浮き稲

 今年の9月にアジア太平洋農耕文化の会のツアーに同行してベトナムから中
国を歩いた。旅の行程は、首都ハノイの位置するデルタから紅河に沿って陸路
を北東にさかのぼり中国雲南省昆明に至るという、いかにも農耕文化の会らし
い一般のツアーコースからかけ離れたものであった。
 この旅のはじめに紅河のデルタを選んだことには一つの目的があった。紅河
のデルタは自然堤防が発達し、輪中方式による治水が古くから行われている。
この治水によって、熱帯アジアの中では最も古くに開拓が進み集約的な稲作が
可能となった。自然堤防や輪中といえば、日本の濃尾平野のそれもよく知られ
ている。しかし、紅河のデルタと濃尾平野のデルタの他には、東アジアや東南
アジアのデルタで古くからこれほど発達した堤防や輪中の例をみることができ
ない。紅河デルタの先端部に位置する輪中に囲まれた農家を訪ねると、紅河の
水門から始まる運河にはさらに幾重にも水門が設けられている。川の水位によ
って水門を調節して田の水を確保するのだが、高低差がほとんどないデルタで
は運河の水は流れることはなく、まるでどこまでも続く細長い池のようであっ
た。ベトナム戦争の頃には爆撃で輪中の堤が一部破壊されたこともあったそう
だが、今でも立派に輪中の農業が営まれている。
 4年前にやはりアジア太平洋農耕文化の会の旅でタイのアユタヤを訪れたこ
とがある。浮き稲を探しての旅であった。浮き稲とはその名の通り、穂が水面
上に浮かんで実る稲である。工業団地の進出で開発が進み、浮き稲の耕作面積
は減少したものの古くからの農法は、アユタヤの町から少し離れた農家でもし
っかりと営まれていた。雨期のはじめに種を蒔き、増水とともに田が4~5メ
ートルも水没すると、稲の茎も同様に4~5メートルに伸びて水面上にたわわ
に穂を実らせる。収穫は一面湖のようになった田に船をこぎ出して穂を刈る。
高床式の家は、地上から3メートルほどの高さに床がある。その下の地面では
日頃は豚や鶏を飼っているだけであり水没しても困ることはない。水没時の水
面が高床式の床の数十センチ下になるので、ちょうど家に船を寄せて乗り込む
ことができる高さになる。
 チャオプラヤにもメコンにも堤防や輪中を見ることはできない。自然河川は
毎年のように氾濫し、上流からデルタに豊かな土壌を運び続けてきた。


PAGE TOP